大判例

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東京高等裁判所 昭和34年(う)1496号 判決

被告人 山本保昌

〔抄 録〕

記録を調査するに、本件起訴状は、公訴事実第一として、被告人は乗車料金を支払わないで電車に乗車し駅員に対し右料金を支払つて有効な乗車券を持つているように装つて駅員を欺罔してその支払を免れようと企て昭和三十四年三月八日午前十一時頃横浜線橋本駅から八王子駅迄の乗車券をもつて電車に乗車して八王子駅に至つた上同駅から南武線府中本町駅迄の間乗車料金四十円を支払わないで電車に乗車し同日午後零時五分頃府中市二、二一〇番地南武府中本町駅改札口において改札中の国鉄職員三沢英俊(当三十三年)に対し右料金を支払つて有効の乗車券がある如く装つて同人の前を通過し右三沢をしてその旨誤信させて右乗車料金の支払を免れもつて財産上不法の利得をなした事実を記載し、これを詐欺罪とし、その適条として刑法第二百四十六条第二項を掲げており、原判決は、罪となるべき事実第一として、被告人は昭和三十四年三月八日午前十一時ころ、横浜線橋本駅において乗越料金支払の意思なく目的駅に到着後は駅員の隙を見て逃走しようと企て同線八王子駅までの乗車券を購入したうえ、恰も通常の乗車客の如く装うて同駅係員に右乗車券を示し、同人ら国鉄係員をその旨誤信させて電車に乗車し、八王子駅を経て南武線府中本町駅まで乗車せしめ、もつて右八王子駅府中本町駅間の乗車料金四十円相当の財産上不法の利益をえたと判示し、これを詐欺罪に同擬しているのである。これに対し、所論は、起訴状記載の右公訴事実及び原判決認定の右罪となるべき事実はそれ自体いずれも詐欺罪を構成せず、単に鉄道営業法違反の罪を構成するに過ぎないと主張するのである。よつて、案ずるに、旅客及び荷物運送規則第二百三十条、第二百五十条、第二百六十四条等によれば、旅客は乗車に際し、乗車券を係員に呈示して入鋏を受くべきものであり、乗越をしようとするときは、あらかじめ、係員に申し出て、その承諾を受けるべきであり、その場合には乗越区間に対する運賃を支払えば足るのであるが、右の承諾を受けずに乗り越したときは、乗越区間に対する運賃と、その二倍に相当する額の増運賃とをあわせて支払わなければならないことになつており、同取扱細則第二百五十九条第一項によれば、あらかじめ、係員の承諾を受けずに乗り越した場合においても、特別の事由があつて増運賃を収受することが特に気の毒と認められ、且つ、これを免除しても別段支障がないと認められるときは、係員の承諾を得たときと同様に取り扱うことができるのであつて、かかる場合には、車内において係員の改札の際、乗越の駅を申告して運賃を支払い、また、車内改札のないときは、下車駅において運賃の精算をしなければならないことになつておるから、乗越の場合に、乗車駅において係員にこれを申告する法律上の義務はないのである。而して、単純な事実の緘黙によつて他人を錯誤に陥れた場合においては、事実を申告すべき法律上の義務が存する場合でなければ、これを以て詐欺罪における欺罔があるとはいうことができないのである。本件において、被告人は府中本町駅まで乗り越す意思であつたに拘らず、これを申告せず、八王子駅の表示された乗車券を橋本駅の係員に呈示して乗車したのであるから、係員としては被告人が八王子駅において下車するものと信ずるのは当然であり、この点において係員が錯誤に陥つたことになるのではあるが、被告人において橋本駅における改札の際、乗越の意思のあることを係員に申告する法律上の義務のないことは前説示のとおりであるから、被告人の右不申告によつて係員が錯誤に陥つたからといつて、該事実を以て詐欺罪における欺罔とはいうことを得ないのである。次に乗客が下車駅において精算することなく、恰も正規の乗車券を所持するかのように装い、係員を欺罔して出場したとしても、係員が免除の意思表示をしないかぎり、前述のような正規の運賃は勿論、増運賃の支払義務は依然として存続し、出場することによつてこれを免れ得るものではないから、これを以て財産上不法の利益を得たものということはできない。本件において、被告人は初めから八王子、府中本町両駅間を無賃乗車する意思であり、精算することもなく、特に宥恕すべき事情がなかつたのであるから、旅客及び荷物運送取扱細則第二百五十九条第一項の適用がなく、従つて、右区間の運賃の外増運賃をも支払うべき義務があるけれども、係員を欺罔して府中本町駅を出場したとしても右運賃の支払義務を免れ得た訳ではないから、これにより何ら不法の利益を得たことにはならないのである。以上説示のように、起訴状記載の公訴事実自体及び原判決認定の罪となるべき事実自体が詐欺罪の構成要件を欠き、同罪を構成せず、単に鉄道営業第二十九条違反の罪を構成するに過ぎないことはまことに所論のとおりであり、右はいずれも法令の解釈を誤り、ひいてその適用を誤つたものであり、原判決のその誤は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、所論は理由があり、原判決は本件傷害罪と前記詐欺罪とを併合罪の関係があるとして懲役刑を以て処断しているのであるから、他の論旨に対する判断を待つまでもなく、原判決は全部破棄を免れない。

(山田 滝沢 鈴木)

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